プリティー・ママ

うちのマンションの周辺には野良猫がたくさんいる。
一軒家の多く並ぶ住宅街の中なので、
決まった家でごはんをもらったりしている猫たちなのかもしれないが、
とくに首輪をつけていたりするわけでもなく、
気ままに暮らしている様子だ。
(気ままでない猫というものも、およそ見当がつかないが。)

夜ともなれば、
片側1車線の通りから小道へ入ってマンションへと歩く1、2分の間に
3、4匹ほどの猫たちに出くわすこともしばしば。
顔見知りの猫もいて、そういう猫とすれ違った時などは、
それぞれの場所で奮闘する同士とすれ違ったときのようなような感情を抱く。
片手を軽く上げて「おつかれー」と言いながら廊下をすれ違う時のような。
決まった時間帯にジョギングをする人が、
そのコースのほぼ決まった位置で毎日すれ違う人と、
目だけあわせて軽く微笑みつつ「どうも」といった挨拶を交わす時のような。


顔見知りの猫たちもそのキャラクターは様々で、
わたしの姿を見るなり、ひゅっと住宅の塀の隙間に身を隠すのもいれば、
とくに気に留めずに道の真ん中を陣取って動かない肝の据わったやつもいる。

食べ物を持っているわけでもないのに、
甘えた声で鳴きながらすり寄って来るものもいる。
夜である、辺りは暗い。
見通しの悪い薄暗い小道にてひとりしゃがみ込んで、
いや、厳密にいえば「ひとり」ではなく「一人と一匹」なのだけれども、
にゃあにゃあ言いながら猫と戯れあう姿は、
遠目に見たらちょっとした不審者に違いない。
そんなことを思って、後ろ髪をひかれてすこし足を緩めつつも
素っ気なく通り過ぎていた。


たしか冬の終わりの15時過ぎ、陽が傾きかけた頃だったと思う。
わたしは散歩の帰りで、早稲田にある書店で小説を買い、
近所の喫茶店で買ったコーヒー豆をひいてもらっている間
コーヒーを一杯飲みながら一服し、
買ったばかりの文庫本をぱらぱらとめくって
張り付いていたページがぺりぺりと剥がれる感触をあじわい、
新しい本独特の香りを嗅ぎながら
「おうちに帰ったらコーヒーを入れて
 チョコでも齧りながらこの本をじっくり読もう」などと考えて、
妙に満たされた気分になっていた。
ペーパーフィルター用にひかれた豆を受け取って店を出た後、
日中はあまり歩かないその小道を歩く。
幅2メートルもない細い小道には両側に建つ住宅の影が並んでいて、
その所々に春が近いことを思わせるあたたかい日射しが溜まっていた。
近所の子どもたちがはしゃぎあって髪の毛を揺らすと、
その輪郭が日射しをうけて金色に光って見えた。
その向こうには帚とちりとりを手にしたまま、
立ち話をしている奥様方の姿があった。
この小道にはちゃんと、暮らしがあるんだなぁ、などとぼんやりと思うと、
また妙に満ち足りた気分になった。


そこで、夜にばかり遭うその猫に出くわした。
いつものようにそろそろと近づいてきて、
いつものようにみゃあ、と鳴きながら足下にすり寄ってくる。
思わずしゃがみ込んで喉へ手を伸ばすと
指先が触れないうちから、ごろんと横になって腹を見せた。
その警戒心のなさが面白くてくすくす笑いながら、
しばらく猫を撫で回して遊んだ。

それからというもの、その猫はすれ違う度すぐに腹をみせるようになった。
こちらが食べ物を持っていなくとも、足を緩めなくとも、
2メートルくらいに距離が縮まった辺りできまって
だらしなく、無邪気に、ごろんと道ばたに横たわるのだ。
覚えているのかもしれない。
いじらしく思えて撫でてやる時もあれば、
面倒くさく思えて無視して通り過ぎる時もある。


ここしばらくその猫にあっていなかった。
仕事の帰り道に猫がいる小道を通らなくなったこともある。
ときどき通ったとしてもすれ違うのは他の猫ばかり。
数本先の通りに引っ越しでもしたのだろう、とばかり思っていた。


今日ひさしぶりにその猫に遭った。
同じ柄の小さいのが傍に3匹いた。
あら、と思って立ち止まってまじまじと眺めると、
以前と同じように「みゃあ」と返事はしたのだが、
背後に小さい3匹をひきつれたまま寄っては来なかった。
少し母親の顔になっていた。

ちょっとぐっときた。





昨日、久しぶりに足を運んだROOMにて、
ミクシィの日記を読んで下さってるという方々に
もっと文章とか日記を書きなはれ、といわれた。

毎日毎日とんだ珍事件が起こる日常、
事件など起こらなかったにしても
書きたいことはいろいろとある気はするのだけれど、
なんつーか、こう、それをだらっと書くのも気が引けるというか、
自分の中で消化するなり何なり、
それがちゃんと文脈を持った時に書きたいような気もしてしまって、
そうなって来るともう、何を書いて良いのかわからずに、
ううむと腕を組んだ。

ROOMのラストに(ラスト、と言いながらも
「終わらないで!」と叫んだら、さらにその後、一曲かけて下さったのだが)
Don't you worry bout a thingがかかって、
プリティー・ママ、という節がスティービーの声のままで、
頭の何処かに引っかかった。

帰り道に自転車を漕ぎながら何となく、
お母さんのことを書こう、と思ったので書いてみた。

コメント

このブログの人気の投稿

破れたデニムの補修を自分でやってみる。

多肉植物は水耕栽培実験。根が伸びたのでグラスをチェンジ。

コノフィツム朱楽殿の脱皮