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年末の東京→広島

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まずは27日のブルーカフェ、 足をお運びく出さった方、ありがとうございました。 まるっと楽しい一晩でした。 2009年もよろしくお願いいたします。 ● 翌日は関西から遊びに来ていた音ともだちと再開。 カフェでまったりカプチーノ→ラーメンという不思議な流れ。 ブルーカフェと重なって、 行きたくてしょうがなくて、 でもいけなかったexposure@東京サロンの話などを聞く。 音の好みが似ているお友達とのおしゃべりはるんるん。 帰宅後、クローゼットの中を掃除したついでに、 体形変化チェックのための儀式的に1か月に1回だけ 袖を通すジーパン(ジーパンなのに袖を通すっていうのは少し変な感じがするけれど) をはいてみたら、太ももの辺りがきつくなっていて、 恐る恐る体重計に乗ってみたら案の定、肥えていた。 体重計のデジタル数字の無慈悲さ、残酷さといったら、ない。 ここ最近のチョコレート大好き生活が原因のような気がする。 お腹がすいていないけれど頭が働かないとき、 仕事がはかどらないときなんかに、好んでかじっていたラミーチョコレート、 その空パッケージを屑かごから拾い出し表示されているカロリーを見て、納得。 当分チョコレートは控える。 そんな反省を胸に、夜、小一時間ほど走る。 ● 昨日、新幹線に乗って広島に帰ってきた。 無計画なわたしが新幹線の指定席を予約していようはずもなく、 えらく混雑した東京駅の構内、 すれ違おうとしてうまくすれ違えなかった人なんかに荷物が当たってしまって、 謝っても舌打ちを返されたりする度に、 指定席をとっていなかったことでこれからやってくる後悔を思って気が沈んだりしたが、 結局、自由席にすんなりと座れてしまった。 新幹線の中では、立っている乗客の方を盗み見てお絵かき。 隣に座ってた叔父様が、絵を見て話しかけてきたので、少し喋る。 小倉までいくのだそうだ。 航空機のチケットを取り忘れちゃってね、とか、 新幹線での長旅はしんどいですよね、とか、そんな他愛もない世間話。 他、小説と音楽で移動時間をやり過ごす。 旅のお供の小説は、めぐちゃんが貸してくれた姫野カオルコの「ツイラク」、 音楽はヤンシーキョロシーと、アブソリュートと、カイディー...

日々徒然

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先日、某友人(友人なんて言ったら図々しいかも知れないけれど、 「友人」と言っても怒ったりしなさそうなその友人のおおらかさに甘えて 友人と書く)に、このブログの更新されないっぷりを指摘された。 イベントの告知とかじゃなくて、 女子的な日々の徒然を楽しみに読んでいる とのことだったので、更新します、女子的な日々の徒然。 更新っていうか、別の場所での丸裸日記を多少編集して張り付けるだけだけれども。 ということで、 過剰な自分を持て余しつつも、 楽しく飛び回っていた日々、 その細切れのあれこれを備忘録的に記録したもの。 ●11月15日 前の会社の仲間に誘われて川上未映子講演会@日大へ。 いつものごとく初動がおくれて大急ぎで自転車を漕ぎ、 着いたぜ日大、と思って自転車を止めた場所は明大であって、 当然そこでは講演会は行われていようはずもなく、どっぷり遅刻。 大急ぎで日大へ。 前の職場で3人で作っていた読書部、 部とはいっても主立った活動は、 仕事のエンジンがかからぬ朝に社内メッセンジャーにて 「いやー、夕べは読みかけの本の先が気になって読み進めてさ、  気付いたら朝だったんだよねぇ」というようなやりとりを交わしたり、 偶然に3人とも早く仕事を終えられたりした日に誘い合って飲みながら 最終的に本とは全く関係のない話題で盛り上がるという、 25歳男子と30歳女子とわたしという構成の、ただの仲良し3人組。 もともと、じゅんじゅん(25)が川上氏のファンということで 誘われて3人で足を運んでみることにしたのだが、 川上氏に関してはわたしはあのビジュアルがすきなのである。 特におかっぱの頃の風貌がとてもすきで、 あのポスターが本屋の店先などに貼られていると、 ビリッと剥いで持ち帰ってしまおうかしらと思うほどうっとりなのであって、 でも実際に読んだことがあるのは「乳と卵」と 谷川俊太郎目当てで購入したROCKSに寄稿されていた短編一本のみ。 両方とも、女の、女による小説、という印象、 それなのに、女のための小説、という感じはあまりしない、 というのがわたしの感想で、それは多分、 彼女の著作は女子が読むにはあまりにも女の生態が凝縮されていて、 女の厭な部分なんかもあますことなく丁寧に描写という様に ...

作法

信用やら信頼やらについてするとかしないとか、 できるとかできないとか難しく考えても、 結局わたしは自らが信じたいと思うものしか信じ得ないのだった。 裏を返せば、信じたいと思えるものを信じればいいんだと思う。 信じた結果として何が待ち受けているのか、 結果やら運命やら未来やらと人々が呼ぶもの、 ちょっとだけ向こう側でぱっくりと口を開いて待ち受けてるらしい そういうものをそっくりそのまま、 自分に起因することとして引き受けられるのであれば、 逆らえぬ感情には従えばいいのだ、たぶん。 と、この間、思った。 急に、すこん、と思って、 なあんだ、こんな簡単なことだったのか、と ひゅるひゅると肩の力が抜けたのだった。 シンプルな物事を小難しくしないように。 それが楽しく無理なく心地よくゆく作法な気が、今はわりとしている。

センチメンタルは

秋の季語である。 アニバーサリーの告知をしたついでに、書く。 というか載せる。 先週中盤くらいまでのことを、端的に、かいつまんで、 箇条書き的な備忘録として記録。 ●absolute!! 7日、仕事後、一旦帰宅して一風呂浴びて、 一時半頃、大急ぎで自転車でabsolute!!@loopへ。 absolute!!2周年兼absolute!!のCD全世界発売リリパという豪華さ。 先日、6年ぶりくらいにloopの別のイベントへyam?who目当てで足を運んだ際に ラウンジがめちゃくちゃに込んでいるのにも関わらず、 1時半をまわってもフロアが空いているというのを目撃して、 「わりと居酒屋的だな」と悲しくなったのだけれど、 absolute!!は全くそんなことなく、フロアで楽しく踊る人多数。 すきな曲がたくさん流れたけれども、 ゲストのKaren P嬢の流す曲は知らない曲ばかりで、 それでいて俄然楽しい。 どんな人なんだろう、と思ってフライヤーを見てみると、 「若干23歳で英国営放送局BBC Radio Oneの  ジャイルス・ピーターソンによる人気番組  「WORLDWIDE」のプロデューサーに抜擢」とある。 「これ、誰のなんていう曲か知りたい、  教えてもらって明日探して即買おう」という曲に 一晩に3回も出逢えれば相当に楽しいほうだと思うのだけれども、 3回なんていうのは軽く越えて行った。 自分の知ってるすきな曲がかかると楽しいというのは至極当然の話であって、 知らない曲がたくさんかかっているのに、とても楽しい、 これっていいイベント、素敵なイベントの条件なんではないかしら。 踊り狂いながら、ぼんやりとそんなことを考える。 KezさんのDJは今回も聴きはぐってしまった。 9月のclutureでそのDJを聞いてわたしの中のブロークン熱がぎゅんと再燃したので、 今回も楽しく汗まみれになって踊り狂うつもりでいただけに残念。 京都大阪のフロアにて半径5メートルくらいにいながら、 お互いをお互いと全く認識することなくすれ違っていた マコトくんともようやくお喋り。 最近、こういう場所で、京都・大阪で同時期に同じような場所で 同じようにして遊んでいた人と遭遇すると妙に嬉しい。 きゃっ...

先週末のこと

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9月12日から15日の三連休のことを列挙。 ●金曜日 母が都内の病院で診察を受けるために泊まりに来る。 なので仕事を早々に切り上げて一旦帰宅。 ここ半年ほどの間にジムに通い始めた母は 持参した部屋着のTシャツの袖をまくり上げ、逞しい二の腕をわたしに披露。 腕を曲げると筋肉が盛り上がるのを娘に見せつけて得意げな母。 すごいねぇ、と褒めそやすと 「でしょ、お父さんにもみせてあげたの、そしたら「おー恐っ!」って  言われちゃったわ」とのこと。 ジムでのお友達にもみせて回っているらしい。 「旦那に重い荷物持ってもらえなくなるわよ」と言われたのだかなんだとか。 「それは由々しき事態だね」と返したら 「お父さんはたとえお母さんの二の腕がお父さんの二倍の太さになっても  お母さんの荷物は持ってくれるわよ」とか何とか。 仲が良さそうで何よりである。 そして、こういうときの母は頗るかわいいのだ。 わしゃわしゃと髪の毛をくちゃくちゃにしてなで回してやりたいくらいに。 その他、母が執筆中の本についてなど。 しばらく前に「わたし本書く」などと言い出した母を、 わたしを含め家族全員が「また母の思いつき病が始まった」と 適当に受け流していたのだが、その後も飽きずに書き続けているらしい。 父から自費出版の承諾まで頂いたそうで。 どんな本かを尋ねてみたところ「子育ての本」とのこと。 「出来たら智ちゃんと愛ちゃんにも1冊ずつ送ってあげるから。  いつか子育てする時に参考になるでしょ。」というので、 「反面教師としてね」とニヤニヤしながら返したら 「ひどーい」などと言われた。 娘の恋愛模様をそれなりに心配していたらしい母は、 現状を知って安堵した模様。 安堵したついでに見合いをすすめてくるので、 「いやいや、わたし卵子冷凍保存しておいて  45歳とかでかわいくて若くてかわいくて気の利いた  わたしが大好きだと思える男の子の赤ちゃんを出産して、  『40半ばで子ども生むなんてあいつ、魔女だぜ』って  噂される予定だから、見合いは必要ないよ」などと嘯く。 その後、夜中の二時前に「出かけるわ」と言い出した娘に 「どこに」という至極真っ当な質問を投げかける母。 「オルガンバーってとこ」と答えると 「オルガンがあるバーな...

ときどき思うのだが

成功した人が自分の成功へのイメージの描き方を よく人に伝授しているけれど、 あれって成功をイメージして成功を勝ち取ったんじゃなくて、 成功すべき人が未来を予知しただけなんじゃないかなって時々思う。 そうなるべきでない人が言われた通りの方法をとっても、 成功のイメージが映ることは決してない。 成功者の言葉が評価されるのは、 そうなるべきでたまたままだそうなっていない人が触発されるから。 というようなことを、しばらく会っていない知人がweb日記に下記綴っていた。 彼女の言わんとすること、わかるような気がしなくもない。 人の生き方で羨ましいものは沢山あるけど、 自分もそうなれる気がするものと、 絶対になれないものはほんとうに一瞬で、瞬きするくらいの一瞬で、区別がつくと思う。 そうなりたくないと思っているのではなく、そうならないと感じる。 あ、わたしたぶんそっち側に行かないわ、と感じる。 わたしは自分がどうなっていくのか、多分ある程度知っている。 残念ながら彼女がいうところの「予知」というような明確な像でもないので、 「多分ある程度」となるわけだけれども。 傍から見て羨むべきものかはわからないが、 わたしに相応しいものであることは間違いない。 以前働いていた会社の同僚を招いて、食べ、飲み、喋りした翌日、 みんなを見送って静かになった部屋で、そんなことを思う。

遊び

出勤時に切符の券売機に並んで思い出した。 広島に帰省した際に使った広島電鉄、通称「広電」の注意書き。 広電は広島駅から市街を抜けて、宮島へとわたるフェリー乗り場をつなぐ路面電車。 両親が暮らすマンションの最寄である楽々園駅は無人駅で、 反対側のホームに渡る場合には線路を突っ切って歩いて渡る。 それぞれのホームには郵便ポストを小型化したような金属製の箱が立っている。 その箱からひょっこりと出てくる切符を取って乗車する。 清算するのは降車時で、この切符は乗車駅がわかるようにするためのもの。 役割としては、切符というよりも整理券に近いように思うのだが、 地元の人たちも広電のアナウンスもそれを「切符」と呼ぶ。 その切符が出てくる箱、一枚引っ張るとひょいと次の一枚が出てくる、金属製の箱に書かれた注意書きが、 「遊びで切符を取らないでください」 金属製のプレートに赤いペンキで、一昔前の文字組みで書かれていた。 なんと朴とつな一文。 「〜しないでください」という直球なものいいのわりに、 必要のない切符を抜き取るいたづらを指して「遊び」と表現するあたり、 妙に人間的で、懐の深さと温もりを感じる。 印象的な注意書きだった。